「世界最後の日に貴方は何をしていますか?」 「仮定の話は好きだよ、世界の終わり…、うん、 僕は気づかないんじゃないかな?」 「気づいたらという仮定での話です」 「うん、だから気づかないよ、事実を知った人間ってのは見なかった事にしたがるものだろう?」 「全てが全てそうでもないと思いますが…」 「そうかもね、僕も人間に区分される物全部に会ったことがある訳じゃないし。」 「でしょうね」 「でも人ってのは人死にや物の終りが大好きだからね、何にせよ、 世界最後の日はお祭り騒ぎさ」 一九九九年 都内にある、一般的にセキュリティマンションと呼ばれる類の建物の屋上。 男が一人仰向けに寝そべっている。目は開いてはいるが、目を開けたまま寝ている事も考慮に入れねばならない程動かない。 もしかしたら起き抜けで寝ボケているのかも知れないが、打ちっぱなしのコンクリートの上、しかも真夜中だ。 夏場とは言え、長時間転がっていれば身体が冷えて嫌でも目が覚めそうなものだが…―。 刈屋は軽く上半身を持ち上げてそちら側のズボンのポケットから携帯を取り出す。 半分に折れるように設計されていないそれは、電デンの子機にも似て、見目が悪い。 その上ボタンを押さねば照明が入らず、光の無い…そう例えば真夜中のとおりの明かりも届かぬ背の高い建物の屋上等では、「照明をつけるのに照明がたりない」という状況に落ち入る可能性さえある代物である。 しかし数秒後には刈屋はお目当ての情報を画面に読み取る事が出来た。 8月1日午前1時7分。 「寝てる間に七の月終わった…。」 無表情だった顔に少々残念気な色が浮かぶ。 1999年七の月。このフレーズを知らない人間は果してこの年の日本にいたのだろうか、ノストラダムスの大予言。と、言うものを刈屋は支持している、信じてはいなかったが。 世紀末思想とは一線を画して、只この世の破滅に思いをはせる様な男だ。 刈屋は気だるそうに異常一歩手前な程細い自らの身体を起こす。 まるで。今年の一大イベントが終わったかの様に。 まるで、自分の人生の一大イベントが終了したかの様に気だるそうだ。 だが少しして、刈屋はふと顔を上げる。 やけに静かだ。 刈屋自身が音をたてていない所為もあり、耳鳴りがする程のほぼ無音。 UFO等の出現時には無音の領域が出来ると言うがそれを思わせる程だ。 1時過ぎとはいえ、都心の上空がここまで静かになるものだろうか。 もしや、刈屋が寝ている内に、この世界は死んでしまったのか? 刈屋一人を残して。 ではこの少しばかりの星が見える空を見上げているのも刈屋一人か? それは、あまりに…非道い。 仲間外れではないか、壮大な。世界中巻き込んだ、心の狭い嫌がらせだ。 刈屋はアドレス帳から適当な番号を探し、呼び出しをかけてみた。 電話口から電子音でコールの音が流れる。 二度目の呼び出しでつながった。ただし・・・ 『留守番電話サービスです。只今電話に出られませんので御用の方はピーという発信音の後に御用件をどうぞ。』 留守電サービスだったが。 …しばらくして吹き込み開始の音がした。 「…あー…、出られないのは死んだからですか?」 そう言って、通話を終了する。その質問に答えられる人間がいるかどうかは刈屋には解らないし、特別知る必要を感じる事でもない。 それにしても、二度のコールで留守電サービスにつながる様にしているのはどうかだろう。あまりに気が早いと言うものではないか。 基本的に気の長い刈屋では常に通話ボタンに指をかけていない限り、かなりの確立で取り逃してしまうだろう。 もしも。電話の向こうに『居た』としても……そう、思い至った時だった。 ジリリリリン.ジリリリリン. 急に刈屋の携帯電話から、黒電話を模した着信音が流れる。 ジリリリリン.ジリリリリン. どうやら予想は当たってしまった様だ。 ジリリリリン.ジリリリリン.ジリリリリン.ジリリリリン. あの伝言を聞いているとすれば、相手の性格上、列火の如く怒っているだろう。 ジリリンッ…―― 音が止んだ。どうやら留守電サービスにつながった様だ。 再び流れる着信音。 『 っけんなよ…?』 音が終わるのを待てなかったのか頭出しが切れていたが、言わんとする事は声色から十二分に理解出来た。 どうやら、相手は生きている様だ。そして世界も生きているのだろう。 刈屋は置いて行かれてはいなかった。 世界は置いて行きはしなかった。 喜ぶべきか残念がるべきなのか。 刈屋は屋上を後にした、どうせソコに世界の最後を見る事が出来ないのなら意味が無い。 それなら怒らせた知り合いに頭を下げに行く方が余程有意義だ。 ―それは30分後には後悔の対象になる考えだった。 『音の洪水』とは良く言ったものだと思う。 24時間営業のパチンコ屋では終電を捕まえられなかったのか意図的にやり過ごしたのか解らない男達が始発までの長期戦に臨んでいた。 建物の骨組みにまで染み付いた様な煙草の臭いは刈屋には不快でしかないが、この店で働く友人には取るに足らない問題らしかった。 「刈屋ぁ、シフト終わったぞ」 かなり大きい地声で店員の一人が店の端、自販機横の長椅子に座る刈屋に声をかける。 だがパチンコ台から出る効果音や玉のぶつかる耳障りな金属音でほとんどかき消され、聞き取るのが精一杯だ。 刈屋にはその大きさで返事をする自信は無い、それに出来たとしても店員の耳には黄色い耳栓が見えているのでどの道意味がなさそうだ。 そのことに気付いたのかどうかは定かではないが、店員は刈屋が返答する前に親指を店の外に向ける。 刈屋は頷いて立ち上がると店員と共に店の外に出た。 「お前よぉ、真夜中に汗水たらして働いてる奴に縁起でもねえ伝言残すなや。」 彼の地元のなまりが少し出た間延びした口調は、若干ガラの悪さを感じさせるが、本質は若干処でない程柄が悪いので別に間違ってはいない。 「相変わらず折り易そうなガタイしやがって…。でぇ、何の用だよ。」 そう言って店員は眉ねを寄せる。 只でさえキツい目付きがさらに悪くなる。 「世界最後の日、迎えそこなったよ。」 「ばあ!?」 威嚇された。 刈屋が自らの耳を示すと、店員はようやく気付いた様に耳栓を外す。 そして刈屋はもう一度言い直した。 「世界最後の日…。」 「ばあ!?」 どちらにせよ反応は変わらない様だ。 この高校からの友人、森井は大学に上がらず、在学中からバイトしていた駅前のパチンコ屋で働いている。救いようがない程チンピラだが、無神経でありながら、解りやすい彼の意見に逆に深さを見出す刈屋とだからこそ友人関係が続いて来たともいえるだろう。 「ああ、アレか? …あ゛ー何だっけかな今年に入ってから騒がれてた…。ノストラードファミリー…じゃねぇ、ノストラ・アダムス…更に違ぇな。」 「ノストラダムス。」 ああ、それだ。と言いながら森井は腕時計に目をやる。 「デマだった訳な、何でお前はそう破滅好きなんだ?」 「森井その服着替えなくていいの?」 話題を変えられたことに気付かない様に森井は自分の体格の良い体に目をやる。 勿論の事、店の制服のままだ。 「俺ぁ店に住んでっからな、どうせこの後は店に帰るし面倒だわな。」 森井は笑うとさらに声が大きくなる。冗談かどうかの判断は付きかねるが取りあえず着替えの間また店で待たされることは無い様だ。 「んで、何処行くんだ?」 「…決めて無い。」 だろうな、と森井は頷く、刈屋の無計画さは今さらどうこうなる類の話ではない。 それを思えばこそ森井も腹がたたないと言うものだ。 急にならされたクラクションに怒鳴り返しながら森井が考えた結果はカラオケに行くという物だった。 正直、男二人でカラオケというのもどうかと思った森井だが、他人の目を今さら気にするキャラではないという自覚は有るし。 何より相手は刈屋だ文句も言うまい、と自分を納得させた。 「なぁ、森井は世界最後の日は何をしてる?」 「来ねぇよ。」 一刀両断された刈屋は珍しく食い下がる。 「…仮定。」 「乗らねぇ。来ねぇよ、んなもん。」 井上陽水の『傘が無い』を選曲した森井は演奏開始ボタンを押すのを止められて不愉快そうに言う。 「何で言い切れるんだ?」 「なあ人を殺すって実は案外難しいだろ。なら世界を殺すってどんだけ面倒なんだよ。」 ビールをあおる森井の眉間にはくっきりと皺が刻まれている。 「別に人間がやる訳じゃ…。」 「なら誰が殺るんだ?犯人が居ねぇ殺人事件は無えだろ。」 森井は演奏ボタンを押した。 相変わらず森井の論理は凄まじいものが有る。そこで刈屋が『事故死の可能性は?』とでも言ったら確実に殴られていたろうが…。 「それによ、世界の終りって何だ?人が死にゃそいつの世界は終りだろうよ。地球じゃなくて宇宙が終っても世界の終りだろ?」 間奏の合間に刈屋に声をかけた森井だったが、言い終わってから無意味だと気付いた。 「あー…だめだ、飛んでやがる。」 この宇宙は広がり続けていると言われるが、広がる余地は何処に有るのだろう? 人の外の空間である宇宙の外にも空間が有るのだろうか? 逆に、良く言われる様に人は自らの心の中に宇宙を持っているとも言うが、 心だけでなく肉体の中に物理的に宇宙を持っているとしたら? 分子や原子や電子より小さい、一回りしようもない無限の数字の軸を一回りした程の、 0に接する小ささで宇宙が体の中にもし有ったら 人を殺す事の何倍この世界を殺す事は難しいのか? 「どうしてお前は世界最後の日に来て欲しいんだ?」 何時の間に歌い終わったのか、森井が刈屋にマイクを向けていた。 「見てみてえのか? この世の終りが」 更に森井は問いを重ねた。 『違う』 すこしハウリングがかかった。 『皆で同時に死ぬって、それだけで互いが互いにとって大切な存在みたいだろ?』 森井はマイクを上げる。 「何だよそりゃ。」 ほぼ同時にドアが開いて店員が追加のビールを持ってくる。 最初の店員とは違う人間だったので森井の制服をちらちらと盗み見ていたが、森井に睨まれてそそくさと出て行った。 「産まれちまったのは仕様が無いんだからよ、生きてろよ、死ぬ方が面倒臭え、 世界最後の日に死に合わせた仲ってなんだよ。 そんな相手に『大切』なんて求めんな!!」 長文をもとからでかい声をさらに強めて言いきった森井は舌打ちするとビールを一気に飲み干す。 「だって、大切な人間欲しい気もするけど、一から作るのめんどい…。」 「駄目人間がっ!」 「モリィ…声が大きいよ。」 「妙に外人ぽい呼び方すん…な…。」 流石の森井も妙な終末論に付き合わされた結果がコレでは脳のブドウ糖も尽きようと言うものだ。 「…畜生、腹減った。」 身体のでかい森井がうなる様に言うと番犬に威嚇でもされている気分だ。 「てめぇのせいだ、おごりやがれ。」 いや、実際威嚇されている。 「ああ、…うん。」 「良いじゃねぇか。」 森井が急に静かな声を出す。 「…何が。」 「よく解んねえけど…今生きてるだろ、俺等は。」 刈屋は珍しく口の端を上げて笑う。 「生きてる事って…良い事だっけか?」