『Do Androids Dream of Field of Flowers ?』 私がしなければならないこと。花に水をやる。もうすぐきっと、満開になる。 私がしなければならないこと。村の郵便箱をチェックする。今日の手紙はなし。 私がしなければならないこと。掃除をする。水を汲みにいく。 普段はこれだけ。でも今日は違う。水を汲むときに聞いた、かすかなエンジン音。 旅人さんが、村に来た。 私がしなければならないこと。旅人さんをむかえに行く。 その途中、私はみんなに挨拶をする。これは私がしなければならないこと、ではない。 *** 「すいませーん、ごめんくださーい!だれかー?・・・本当に誰もいないのかなぁ」 一通り叫んで、ヒロは後ろを振り返った。ジェットバイクに跨ったままのアオイがため息をついている。 「だから言っただろ。この辺に人がいるわけないって。」 「えー。でもさー。人が住んでいないにしては綺麗すぎるよ、この村。絶対誰か人が・・・あ!」 落ち着きなく周りを見回していたヒロが何かを見つけるなり走り出した。 「おい、どこ行くんだよ」 一応いさめるような声を出したが、こういうときのヒロが聞く耳を持たないことくらいわかっている。走って目的の物にたどり着いたのか、急に止まるとくるりと振り返る。 「アオの嘘吐きーーーー!!」 「はぁー?」 いつものことではあるが、言っている意味がまったくわからない。ヒロも伝わっていないことに気づいたらしい。大声で叫ぶ。 「人だよ!人―――!小っちゃい女の子がいたのー!!」 数瞬の間。 「・・・はぁ?」 アオイは酷く奇妙な顔をした。 「・・・本当だ」 肩より長いくらいの髪を青いリボンで束ね、ワンピースを着た『それ』は確かに少女だった。手には液体で満たされたバケツ。ヒロは少女の前にかがみこんだ。 「それ、水?」 「・・・うん」 「何に使うの?」 「・・・花にあげたり、掃除するの」 「へぇー、お花にあげるんだ。もうすぐ春だもんねぇ」 「うん、あと少しで咲くの」 最初こそ二人を不審がっていたようだったが、ヒロの笑顔に安心したのか、少女はすぐに質問に答えた。たどたどしい言葉からたいした年端ではないことが読み取れる。 「君一人?他の人はいないの?」 「・・・ほかのひと?」 少女は首を傾げる。 「えっとねぇ・・・君の友達とか、家族とか」 「みんなはいるよ」 「皆?」 アオイが眉をひそめる。少女はこくりとうなずいた。それ以上細かいことを聞きだせそうにはない。ヒロが振り返ってアオイを見ると、アオイはわずかにうなずいた。 「・・・あのね、お願いなんだけどそのみんなのところに連れてってくれないかなぁ?」 その質問に少女は少し躊躇したがやがてうなずく。 「いいよ。」 言うなり、村の中心の方へ歩き始めた。ついて来い、ということらしい。 「少し・・・妙だな」 歩きながらアオイは小声でつぶやいた。 「妙って?」 「いや・・・何がっていうわけじゃないけど」 この村から感じる違和感。これがいったいなんなのか、どうしても思い出せない。さっきから記憶の片隅に何かがちらついている。 「何も妙なことなんてないと思うけど?少しおとなしすぎるだけでいい子じゃない」 ヒロはアオイが少女のことを言っているのだと思ったようだ。しかし、決して違和感と外れてはいない気がした。そう、少女のことで、何か・・・。 「ついたよ」 少女の言葉に思考を中断される。自然と少女の指先を目線が追って、その瞬間。 「え・・・。」 ヒロが息を呑むと同時にアオイはすべてを思い出した。 *** 旅人さんが驚いている。今まで来たどの旅人さんも、『みんな』を見るとすごく驚く。そしてすごく怖がる。そんな必要なんてないのに。 『みんな』は何もしない。『みんな』は何もできない。昔は今とはもっと違う形で動いていたのに、ある日急に『みんな』は動かなくなった。そしてどんどん姿が変わっていった。 「う・・・。」 片方の旅人さん―、私とよく話した方がくずおれる。今まで来たどの旅人さんよりこの旅人さんは優しかったから、ひょっとしたらと思ったのに。 「ヒト型兵器か・・・なるほど」 もう片方の旅人さんがつぶやきながらうなずく。 「先の世界大戦の形見が花の栽培ね・・・趣味の悪いジョークを考えるやつがいるもんだよ」 もう片方の旅人さんは、ずっと前の私のことを知っているみたいだった。でも今も昔も私は変わらない。しなければならないことを、するだけ。 「お迎えご苦労さんだったな。悪いが相方はこういうものを見慣れてなくてね。気持ちが悪くなっちまったようだ、帰らさせてもらうよ」 もう片方の旅人さんは旅人さんをかついだ。村の出口へ歩いていこうとして、私のほうへ振り返る。 「あぁ、そうだ。最後にひとついいことを教えてやろう」 「?」 旅人さんの口が動く。本当なら数秒のそれが私にはゆっくり見えた。 「この土地な、―――。」 地面が揺れた気がした。そんなわけはない。足元は安定している。じゃあ、じゃあ今揺れたのは何だ?違う。違う。この旅人さんの言っていることは。 チガウチガウチガウチガウチガウチガウ。カチン、と脳内で音がした。 私は酷く無機質な声でつぶやく。 「システムエラー。プログラミングノ初期化ヲ開始シマス――」 *** 顔にかかる水の冷たさでヒロは目が覚めた。ゆっくり起き上がる。アオイがすぐ脇に水筒を持って座っていた。 「あれ・・・僕・・・」 「気絶してた。全く、先行き不安になるほどの情けなさだな」 アオイの言葉と同時にヒロは思い出した。脳内でフラッシュバックする光景。むせ返る臭い。砂ぼこりにまみれた白。少女が指し示したそれは、白骨死体の山だった。 「う・・・」 また少し気分が悪くなりかけるが、ぐっ、と思いとどまる。聞かなければならないことがある。 「アオ・・・あの子は・・・」 「第三次世界大戦最強にして最悪の異名を持つ人型兵器。聞いたことないか」 第三次世界大戦。100年もさかのぼらないころに起こった戦争。今はまた、別の戦火が世界を蝕んでいる。人型の兵器が作られたという話は確かに聞いたことがあった。しかし、 「なんで、あんな姿なの?」 少女の姿が目に浮かんだ。 「・・・ヒロ、お前さ、戦場で振り返った瞬間にそこにいかにも無害そうな子供がいたら迷わずに即座に引き金引ける?」 「・・・」 「そういうことだよ」 アオイは水筒に入った水を勢いよくあおった。 「・・・じゃあ、あの死体は、あの子が?」 「いーや。だったら毎日花に水をやってるなんておかしいだろ。多分第三次世界大戦後に情が移った誰かが自分の村にでも連れ帰ったんだろうさ。あの死体は今の戦争のだろ。白骨化はしてたけど大昔ってほどでもなさそうだったしな。村人が全滅しても殺戮兵器は動いていて、村人が死んだことさえ理解できず、プログラミングされた通りに毎日花に水をやりながら過ごしてる・・・随分と愉快な話だよな」 ヒロがうつむく。アオイはかまわずにズボンについた土を軽くはらって立ち上がった。 「さ、行くぞ。そんなに時間があるわけじゃない」 そう言ってジェットバイクにまたがる。ヒロもまだうつむいてはいるが立ち上がった。しかし、そこから動こうとしない。 「・・・ヒロ?」 「・・・本当に、気づいていなかったんだと思う?」 ヒロがぼそりとつぶやいた。 「・・・何が」 アオイはヘルメットをつけながら聞き返す。意味がわからないわけではなかった。 「あの子が、村人が死んだのを理解していないわけではなくて、理解しようとしないんだとしたら―、認められないんだと、したら・・・」 「ロボットに人間の死を悼む気持ちがあったなら―、」 今にも泣き出しそうなヒロを遮って、アオイはそこで言葉を切る。 「―、第三次世界大戦なんて、起きなかったろうさ」 アオイはヒロの分のゴーグルとヘルメットを差し出す。ヒロの手がそれを受け取った。 「うん、そうだね」 ジェットバイクの運転席に跨り、ヒロはエンジンをかける。後部座席に座ったアオイがヒロの腰に手を回した。ヒロは最後に少しだけ村を振り返る。少女のいる、その村を。 「ねぇ、アオ」 「ん?なんだ?」 エンジン音にまぎれてほとんど消えそうなヒロの声をアオイは拾い上げた。 「・・・春になったら、あの村は花でいっぱいになるのかな?」 「・・・なんだって?」 アオイは聞こえなかったふりをした。その質問に答えるのはあまりに酷だ。 代わりに来るときに見た山を思い出す。雑草の一本すらもが生えていない山。そして書類で見た記憶の限りでは、数年前この地域にまかれたのは大量の毒。 「ううん、いいや。なんでもない。行こうか」 ヒロがアクセルを踏み込む。 激しいエンジン音と共に、粉塵が―、 植物が育つことなど不可能な枯れ果てた土が、勢いよく巻き上がった。