クリスマスの日。子供にせがまれて、都心の大きなクリスマスツリーを見に行きました。青白くライトアップされたツリーはとても美しく、子供はもちろん、私も感動してしまうほど幻想的でした。
 ツリーの周りはたくさんの人でしたが、私たちのような家族連れより、やはりカップルの方が多かったように思われます。幸せそうに手をつないで歩くカップルを見ますと、私も、若かった頃のとある思い出を、思い出すのです。


 彼は、高校の頃の同級生でした。同窓会で出会い、それから、つきあい始めるようになったのです。
 お互い仕事で忙しかったため、二人で話し合う、といえば電話しかありませんでした。ですから、電話で話す間が、私達にとって、とても貴重な時間だったのです。
 しかし、初めて相手に電話をかけるというのは緊張するもので、なぜだか手が震え、何度も番号を押し間違えてしまいました。やっとつながって、彼が
「もしもし」
 と言った瞬間、あれだけ話したかった事が、全て頭の中から消え去ってしまったのです。戸惑う彼に、やっと名前だけを伝えると、相手も黙ってしまい、そのまま何分か一言も話さないままの状態が何分間か続きました。結局、そのときは電話を切ってしまい、あとで、それを深く反省しました。
 反省の残るまま朝が来て、仕事をし、少しうつむきがちに家に帰ると、留守録が入っていました。なんだろう、と思って受話器を耳にあて、再生ボタンを押すと、それは、彼からでした。恥ずかしげに話す彼の言葉は、自分の鬱いだ心を明るくし、そんな彼の優しさに、感動して泣いてしまうほどでした。
 そんな二人も、次第に電話に慣れ、少しずつ、回数も増えていきました。
 そんな、七回目の電話。彼からでした。
「今から会わない?」
 と、ただ一言だけ。それでも私は有頂天になって、足取りも軽く、初デートに出かけました。
 喫茶店で話したり、公園を散歩したり。ごく普通の恋人同士とは、こんなものなのだろうか、と、一人幸せに浸っていました。


*



つきあい始めてから、初めての冬。それまでに何度かデートをして、夏には旅行にも行きました。クリスマスを目前に控えたあるデートで、彼が口を開きました。
「えっと・・・」
 初めて電話をしたときのように、黙り込む私たち。しかし、そのときとは違い、なんだか暗い、緊張感。
「俺、東京に転勤することになったんだ。」
「え・・・それって、いつから・・・」
「・・・明後日。」
 予想外の言葉でした。私と彼が別れてしまうなんて、信じられない、信じたくありませんでした。
「でも、俺はお前の事が好きだから・・・、だから、離れてても恋人同士でいたい。」
 悲しい事なのに、その言葉は、私をとても嬉しくさせました。だから、待っていよう、と、そのとき思ったのです。
「待ってます。あなたが帰ってくるまで。帰ってきたら、クリスマスに、一緒にデートしてくれますか?」
「約束する。休みとれたら、こっちにも来るから。」
 彼は仕事熱心だから無理だろうとは分かっていながらも、無言でうなずきました。
「約束の証なんて言ったら可笑しいけど、これ、プレゼント。」
 手渡された箱の中には、ちいさな指輪。今まで必死にこらえていた涙が、ほろり、と、こぼれ落ちました。


*



 彼はその後、東京へ旅立ち、私は地元でただ帰りを待っていました。
 それきり彼とは電話するだけ。ただひとり、寂しく空を眺めました。
 彼の誕生日も、私の誕生日も一人で過ごしました。彼と衝突して、彼がくれた指輪を、外そうとした事さえもありました。
 でも、外せませんでした。きっと、あのとき約束したように、帰ってきたら、前と変わらず二人で出かけられると信じて。今年こそ、彼にきっと、メリークリスマスを笑って言えると信じて。


「・・・なあ」
 帰りの車の中で、夫が言いました。
「なに?」
「あのときは、ごめんな。」
「もういいの、だってちゃんと帰ってきたじゃない。それに、私もそのときの事考えてたの。」
「そっか。」
 しばらくの沈黙。ハンドルを握る彼は、そっぽを向いてしまいました。
やっとあえたあのときのような、あのときと同じ気持ちで、あの言葉を、私はつぶやきました。
ツリーの前にいたカップルたちは、今どんな状態にあるのか分からないかれど、幸せであるようにと信じて。