ふわっと潮の香りがした。
やっと私は海の近くまで来たようだ。
小高い丘の上まで来ると、この町を見渡すことができた。
下のほうに海が見えた。

「全然変わってないぁ。 またこんな何もない町に戻ってきちゃったか。」

少し歩いていると、鉄塔が立っているところに出てきた。
 こんな場所、私が子供の頃にはなかったはずだ。

 少しはこの田舎も開発が進んだようで、さっきまで気にもとめていなかったが町には鉄塔が何本かあったことを思い出した。

「今更か…。それでも田舎だわ。」

 そんなことはどうでもいいが、私がここに戻って来たのには理由があって この町が変わってしまう前にもう一度風景をみておきたかったからだ。 どんな場所であれ、思い出の地はやっぱり嫌いにはなれない。

何となく何かの気配を感じその鉄塔の方を見ると、真ん中あたりに何かがとまっていた。否、すわっていた。
 つまり、虫とか鳥ではなく、人のようであった。
 幻かと思い、目をしばたいたが、あれは人で間違いないだろう。

「あ、あのー! そこは危ないんじゃ・・・。」

「いいの。 ほっといて。」

 私の言葉をさえぎるようにして、彼女は言葉を返してきた。

「あなたは?」

 不意に、彼女は話しかけてきた。

「え…?」

「何しにここへ来たの?こんなところ、そうそう人は来ないから、めずらしいと思って。」

「えっと、写真をとりに来ただけなんですけど。
 あなたが上にいるのに気がついたので声をかけただけです。」

 さっきから偉そうな話し方だなぁ。
 あれ…?人間にしては何か違和感があるような。
 私は目が悪いので彼女はそこまでよく見えなかったが背中になにかあったような気がした。
 多分見間違いだろう。

「それじゃあ、私行きますね。」

 そういってその場を離れようとしたとき。

「待って。」

 彼女に呼びとめられた。
 何だろう。まだ何か話すことでもあるのだろうか。

「ねぇ、あなたはこの町をどう思う?」

 なぜそんなことを見ず知らずの人に言わなければならない。

「別に。特に何も思うところはないですよ。
 どうでもいいです。」

 心にもないことを言った。

「・・・嘘。」

 彼女が言った。
 顔に出していたわけはない。心を読まれたのか。

「なぜ戻ってきたの? ここって、あなたの故郷なんじゃないかしら。」

 もう全てを知っていて、わざと聞いているんじゃないだろうか。

「それは…。」

 確かに、私はこの町が嫌いになったわけではない。
 かといって、好きなわけでもないが どうでもいいというのも違う。
 私は言葉につまってしまった。

 彼女は続けて、何もかも見透かしているかのように言った。

「この町が変わってしまったら、もう来る意味がないわね。
 だって、あなたの大切にしていたものはなくなってしまうもの。」

 私は何も言わなかった。 言えなかった。
 彼女もしばらく黙っていた。

 どれくらい時間が経っただろう。
 気がついたら、彼女はもういなかった。
 地面には鳥の羽のようなものが落ちていた。