塗装のはげかけたフェンスに、がしゃんと手をかけた。 目の前に広がるうす暗い街から吹き上げた冷たい風は、前髪をばさばさとゆらした。 がちゃ、と扉の開く音がして、おれは後ろを振り返った。 「あ、先に来てたんだ。」 「おう。何か早く起きちゃって。」 へらっと笑って新の手を引っぱる。 コートは教室に置いてきてしまったから、この屋上の寒さをしのぐには2人で出来るだけ近付く以外に方法はない。 たくさんの人々がぞろぞろと、おもちゃのようなビルの間を、車と一緒に動き回っていた。 「で、言いたいことって何?」 「、、、早く時間が進めばいいのに。」 「何で?」 訳がわからない、というふうにちらりと新を盗み見た。 「一人で遠くに行けるじゃん。」 「えっ・・・」 盗み見るどころじゃなく、思いきり、ばっと新の方に目を向けた。 彼は、ずっと向こう、あの鉄塔の方向をじっと見ていた。 おれが新を見つけたあの鉄塔。 あのとき、新は、なぜか鉄塔のすぐ下にしゃがんで、氷ったように動かなかった。 おれは、それを、少し離れたところから、見ていた。 けれど、その次の日、初めて新に話しかけて、どきどきしながら確認したけれど、本人は知らない、と言っていた。 けれどおれは、それが信じられなくて、(だって本当に似ていたんだ。新に双子の弟がいた、ということはその後付き合っていくうちに知ったけど、その人はもう病気で亡くなっていた。)おれはその後、何度も新に確認した。 「お前とおれは、もう、離れた方がいいと思うんだ。」 「な・・・何、で?」 「おれと一緒にいると、お前が不幸になるから。」 目をふせた新の表情がわからない。 「何で…だよ?」 言葉に怒りがこもる。 「お前があの時、見たおれは、おれじゃない。」 「そんなこと、もう関係ないだろ!?」 「あるんだ。」 「ない!」 「あるんだよ!お前が見たのは、おれの双子の弟だったんだ!!」 「なっ・・・」 新の双子の弟は、とっくに死んだはず。 「何、言ってんだよ・・・」 おれは、頭の中の、当時の記憶を呼び起こした。 「そんな、こと・・・」 きらきらと光るかみ。 「あるわけ・・・」 ひざをかかえて座る男の子。 「ない、じゃん、かっ・・・」 鉄塔とは全然違う方向に伸びる影。 そして、かくされていたはずの口元が、にやりといびつな笑みを浮かべた。 「う、わ、あ、あ、あぁぁあぁぁあぁあああああ」 視界が、白くフィルターがかかったようにぼやけた。 誰かが、何かを言いながら、おれの肩を掴んでくる。 気持ち悪くて、恐ろしくて、おれはそいつから離れようともがいた。 何故かそいつが、涙を流したような気がした。 瞬間、世界が、回った。 「…う、しゅう!修!」 うすく目を開くと、そこには見慣れた新の顔があった。 「ん、おはよ、新。」 「やった、修が目ぇ覚ました!先生ぇー!!」 不意に違和感を覚えて、左手を見ると、それはしっかりと新の手につつまれていた。 「すぐに先生来るからな。」 「ありがと、新。ずっとついててくれたの?てか、何でおれ、ここに・・・?」 病院と思われる白い部屋。ひらひらと風におどるカーテン。そして、新。 「おれと話してたら、いきなり倒れたんだよ。びっくりしたなぁ。」 へらへらと笑う新。 「もう、平気か?」 新。 「あぁ、倒れた時のこととか、全然思い出せないけど、とりあえずだいじょうぶ。」 あらた。 「そっかー、よかったぁ。」 あらた…? 「な、なぁ、何、してんの?」 「ん?何だと思う?」 いつの間にか新の手に握り込まれていたのは、紅い液体がからみついたナイフだった。 「わかんない、や。・・・教えてよ…?」 言いながら、ベッドから上体を起こす。 、、、すぐにでも逃げられるように。 「えへへ、やだ。」 けれどなぜか足が動かなくて、無理に作った笑顔を新に向けた。 「そんなこと、言わないでよ。」 じりじりと、距離をつめてくる。 「じゃあ、教えてあげるよ。 ・・・こうするの。」 「わぁぁぁああああああぁあぁぁぁぁあああぁぁぁ」 振り上げられたナイフを見たのと同時に、さけんだ。 「あはは、やっぱりお兄ちゃんは優しいや。 こんなにたくさん、僕におもちゃを分けてくれるんだもの。」 彼の周囲には、赤黒い水溜りが広がっていた。