バチン 黒いギターケースのふたを閉めて、 おしゃれな黒いふちのめがねの奥で細められた瞳が私をとらえた。 「じゃあ、俺は」 行かなきゃいけないところがあるから そう言って立ち上がる彼のさらさらした髪の毛から ふわりと薫ったバニラのお香。 (私が彼に関与したという唯一の証だ) (可愛らしい渦巻きの形をしたお気に入り) (、もう会えないのね) 彼の大好きがつまったそのギターケースは 今度は誰と肩をならべて、 今にも壊れちゃいそうな儚い強い音を奏でるのだろう。 夢のような刹那の中で 彼は確かに私の名前を呼んで、 ガラス越しに目をあわせて。 それなのにその背中は 再会を約束することなく遠ざかっていくのだ。 (何が狂わせた?) 甘ったるい香りが目の奥を刺激した (飽きるほど聴いていたかった) あなたの声、私の名前。 水色の風がかすませる彼の背中は 思っていたより大きくて、小さくて ああ私は心のどこかで わたしの知らない緑の木陰で わたしの知らない歌をうたう彼を 知っていたかもしれない 望んでいたかもしれない (もっと早く愛していると言えばよかったのかな?どこで間違えたの かな) (私はきっとまた、忘れるだけの人になってしまうね) もう一度 あなたに会えても本当は もう二度と届かないような気がしていた。