撫子さんが来てから初めての夏。
このホスピスに黒ずくめの男が一人やってきた。
彼はリコリス、彼岸花。
想像させるものは縁起が悪いが、性格は悪くない。
(最近テレビに出てくるキャピキャピしたタレントなんかより断然良いと思う。)

だが、彼が現れた時期は縁起が悪くなる。
ホスピスの中で死人が出るのだ。
それが何故だかは分からないが、もしかしたらリコリスは病人の死期を悟るのが
上手いのかもしれない。
医者である私よりも。

そんな彼がやってきた。

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「久しぶり、桔梗。」
「えぇ、お久しぶりですね。彼岸花さん。」

しばし再会の余韻を味わった。
だが彼が来るのは決まって人が死に逝く時。
その人を看取ってから彼はここを出ていく。
という事は、今日誰かが死ぬのだろう。
ホスピスだから人が死ぬのは仕方がないと割り切っても、やはり情というのは移
ってしまうものでどうにも居た堪れなくなってしまう。

「桔梗。ここに変わった事有ったか?」
「変わった事といえば……」

言ってすぐに彼女の姿が思い浮かんだ。
一番変わったのは彼女が僕の前に現れた事だろう。

「二月頃、一人の女性がここに来ました。」
「何ていう?」
「愛染撫子さんです。」

撫子、ね。
そう呟くと、彼は席を立った。
ここから見上げると、彼の身長はとても威圧感がある。
190cm有れば当たり前なのかも知れないが。

「その娘に挨拶してくる。」

そして、彼は見慣れぬ眼鏡を取り出した。
それは片眼鏡。
彼がこのホスピスに新しく来た者への挨拶の時の習慣のようなもの。

「あまり嚇かさないでくださいね。」
「俺はそんな手荒な真似はしねぇ。」

そう言って、黒いロングコートの端をはためかしての目の前から消えていった。

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「初めまして。貴方は…?」
「リコリス。それが俺の名前。」

う〜ん…、と考えこむ彼女。何を考えてんだろう。

「あっ、彼岸花の学名ですね。リコリスというのは…」
「アンタ学があるねぇ。好きなの?」
「はい、大好きです!もともと植物とか生き物は好きな方で……。通信制の大学
でもそちらの方を学んでいました。」

初めは単なる挨拶のつもりだったのに、気を緩めた途端彼女の話に引き込まれて
いった。
桔梗がこの娘に惹かれているのはただ単に容姿の問題云々でなく、彼女がしとや
かな性格や愛情に満ちた眼差しを持っているからだろう。

そして、娘は何故かあの女性に似ていた。
そして、重ねられた面影は何故だか寂し気な表情をしていた。

「あ、という事は赤い彼岸花なんですね!リコリス……、さん?」
「白曼珠沙華っていうのは不思議な事に夏近くになると姿が見えなくなっちまう
、って言うからな。」
「あの……そういえば…。」

こんな暑いのに何故ロングコートを?
そう聞かれた。

「俺は暑さとかそういうようなモンは得意でな。それにそんな見せたくないモン
がココには有るし。」
「隠したいもの……?」

それは秘密だ。
そう言って彼女の髪を掻き撫でた。

彼女は頬を染めながら恥ずかしそうに俯く。
その姿にどこかほほえましいと思う自分がいた。

「そろそろ時間だ。」

あともう少しで花が枯れる。
それまでにその部屋に行って看取らなくちゃいけない。

それは俺の義務。
彼女と誓った唯一の約束。
たとえ悲しい思い出であっても、そのイメージは鮮明で強烈。
だからこそ、最期の約束くらいは守りたい。守らなくちゃいけない。
俺と彼女のために。

「もう行ってしまわれるんですか……?」

寂しそうに俺を見つめる瞳に後ろ髪を引かれた。だから彼女にただ一言だけ言っ
て、気付かれないように片眼鏡を座っている椅子の上に置いておいた。

「リコリスの花言葉は?」

彼女は嬉しそうに微笑った。
その姿に安心して、俺は席を立った。
この位置はちょうど白い布団のお陰で座る場所が見えなくなっている。

彼女が気付くのはきっと俺が去ってから。
椅子の上には銀色のそれが存在を主張するかのようにキラっと一瞬陽の光を反射
した。