「お疲れ様です」 「ん」 課長はこちらを見ようともしない。見えてはいないだろうけど、軽く頭を下げて自分のデスクに戻った。 あらかじめ整理してあったので、片付けるのにそう時間はかからない。五分もしないうちに帰り支度を終えた。 「おつかれー」 「お疲れ様」 爪を塗りながらと合コンの話に花を咲かしていた同僚たちがこちらを見て、優越と憐れみをこめた笑顔を送ってくれた。この後、知り合った医者と飲みに行くらしい。私に声はかからない。 平べったい靴を動かしながら、課内を出る。 進んでいくとちょうどそこはエレベータホール。チンと音がして、そのうちの一台から人が喋りながら三人ほど降りてきた。同じ課の男性社員だ。 「お疲れ様です」 何も言うことなくちらりと私を見ただけで、また自分たちの話へと戻っていった。 今日あそこ行かねぇ?いいねいいね。誰誘う?そりゃあマリちゃんだって。まーじで、俺は… 彼らとすれ違い、エレベータに乗り込んだ。ふりをした。 乗らずに、右へ曲がる。化粧室へ。 明かりを消した。薄暗くなった室内。 その中の「使用不可」の札が下げてある個室に入る。 タンクの上に置かれた、三つの紙袋。 一番左の袋をあける。赤いコート、網目のタイツ、膝丈のワンピース、つるりとした手袋。 真ん中の袋。ヒールの高いブーツ、黒いエナメルのバッグ。 一番右の袋。真紅の口紅、チーク、マスカラ。 私は笑みをうかべた。 −−−−− 「―知ってる?」 「何を」 「六時ごろ、エレベータホールにいると女が現れるんだって」 「女ぁ?」 「真っ赤なコート着て、網タイツとブーツはいた」 「いい女?」 「すごい美人らしいよ」 「へぇ、まじで!」 私はそんな評価などどうでもいい。薄暗がりの中鏡を覗いて口紅を塗る、この行為が楽しくて仕方がない。それだけだ。