本の山である。
誇りを、違った、埃をかぶった、触った瞬間粉になりそうな古い紙でできている本の集合である。占めている面積は七十%と言うところか。とにかくそんな山が唯一の生活スペースであるこの空間の中央に発展途上国の年齢分布率よろしく積み上がっている。


狭い部屋だ。
玄関、トイレ、台所、居間らしき空間が二つ。風呂はなし。「必要最低限」をそのまま形にしてある。一回も曲がることなく全貌を見渡せる。壁も薄い。よってプライバシーなんて無いに等しい。隣の人の寝言もしょっちゅう聞こえるのだ。ここの裏手にご飯屋さんがある、とか。


木造の箱。
外観の話だ。階段は一段一段上がるたびにぎしぎし悲鳴を立てるしいくらか腐食もしている。さすがに死体はないがGで始まるあの生き物やネズミならオールウェイズ。つまりはボロアパートである。
青い。
空だ。羊型の雲が浮かんでいて、見ているものの想像を喚起させる。ハリセンボンに見えるというのが一番クレバーな表現――

 

 どさ、ばたばた、ばたばたばたん



巻戻る。

本の合間から手が覗いていた。五本指、黄色に近い白の肌、人間の手だ。周りの障害物、本を丁寧に取り除いていく。取り除くが、けして投げはしない。大事そうに、そっと落としていく。哲学書、医学書、法学書、民俗学書。あまたの本がかき分けられていく。
富士山型からプリン型(体積比は4:1ほど)になったところで、ようやく頭がのぞいた。大量の書物に埋もれて頭だけ出ている、なかなか味のある光景だ。


「……」


のそり、と効果音のつきそうな緩慢な足取りで、山から出てくる。さながら熊だ。体はそう大きくないので、小熊か。
がしがしと頭を掻きながら、雄の小熊はポケットに手を突っ込んだ。携帯電話が震えていた。


「……」

『もしもし』

「…はい、昨日はお世話になりました、今後ともどうぞよろしくお願い
します、つきま
しては―」

『待て待て待て待て、お前は留守電か、なんでそんな言葉がクチを突いて出てくるんだよ、俺だ俺』

「俺様ですか」

『シメるぞこの野郎』

「でしたらそこの窓口の方に」

『あーあーあー、お前寝起きだな。そしてそこの窓口ってどこだよ、見たところ何の変哲もない緑の平原だぞ。もぐらさんの住居でも探せってか』

携帯電話を耳から放し、画面を見た。「盾宮和鷹」  
…寝起きの小熊から大学院生進藤瑛太に切り替わる。

「この日本で緑の平原が広がっているところがまずおかしい」

『目ぇ覚めてんのかよ』

「最初から」

『嘘をつけ嘘を。また論文?』

「うん」

『今度は何?』

「RNAからDNAの逆転写を否定した時の獲得形質の遺伝についての説明」

ほっぽり出された書きかけの用紙に書かれた題名は「民間伝承と地縛霊の最も考えられる接点」。面倒だから適当な言葉を滑らせただけか。

『…何はともあれ目は覚めたか』

「だから最初からだって言って」

『覚めたんだな?』

「…うん」

訝しげな声が、かさかさの唇から飛び出す。と、その瞬間ノックの音が。控えめでもでしゃばりでも無い普通のノックだ。一瞬迷う。来訪者か友人か。そして来訪者を取った。

「…ごめんちょっと外す」

『あーいや、もう用事終わったんで切るわ、じゃあな。 ―お前あんまり酷なことしてやんなよ、かわいそうだろ。一応住まわしてもらってんだし』

「?」

『ま、めんどくさいのはわかるけどな。 ―じゃ』

「? …わかった」

首をかしげながら、黄白色の指が通話を切る。
ぽーいとその辺に携帯電話を投げ出し、玄関へ向かった。たたみの黄ばみと銀色、気持ちの悪い色の組み合わせだ。
ノックが続く。
嫌な予感に手を震わせながらがちゃりとドアを開けた。

「おはようございます」
「…おはようございます」

的中。
真っ青になって全身が振動していて、さぶいぼどころか血流まで怪しくなっているような大家さん。
…そういえば深夜から日の出まで外にいるとこうなるんだっけ。

「早速ですが家賃」
「無理です」

ドアを閉める。

 ガゴッ

妙な音がした。原因は足だ。大家さんがドアの隙間に突っ込んだ右足。がたがたしているのでドアが揺れる揺れる。
「払ってください」
「だから無理です」
「無理ですじゃないでしょ」
「無理なんです」

いつになったら払えるんですかまったく一年半は溜まってるんですよ!とわめき散らす大家さん。同情心がないわけではないのだが払えないものは仕方が無いのだ、それよりもこれを引き起こした友人にあとでどんな制裁を加えてやろうかと理不尽なことを考える進藤。 


朝だ。