久々だと思う。
この敷地に足を踏み入れるのは。

「お久しぶりですね、藤堂さん。」
「あぁ……。こちらこそお久しぶりですね、大家さん。」

何と無く逢いたくなかった。
家賃は払っていたとはいえ、長らく部屋を空けていたのだ。
後ろめたく感じて当然だ。

そんな僕の事を見透かしていたのだろうか。
彼はただ「お帰りなさい」の一言だけを言って去ってしまった。

「お帰りなさい……か。」

何ヶ月も聞いてないように思う。
いや、スミレが病院に入ってから聞いていないような気もするから2、3年は聞いていなかっただろう。

何と無く、あたたかい響きだな…とそう思った。

「……取り敢えず家に入るか。」

自分では呟いた筈なのに、その声は一段と強くなった風に掻き消されたのか聞こえはしなかった。

*

「ただいま。」

そう呟いて辺りを見回す。
部屋は想像以上に綺麗だった。
埃もそんなに無いし、蜘蛛の巣一つとないようだ。
これは大家さんが業者を手配したのか、と思うと感謝の念が込み上がってきた。

そしてまた、想像以上に物が無かった。
その様子が甦らせる過去の記憶。
スミレと過ごした僅かな時間……。

その面影を消し去るように僕は頭を振った。
今心配すべきは過去ではなくて、これから先の事だ。

彼女を失った自分は何をすれば良い?
自分は彼女の為だけに生きたのに。
冷静に取り繕ってみても思い出すのは彼女の事で。
そんな疑問だけ虚しく頭を過ぎっていった。

「取り敢えず、これを何処に置くかだな。」

その念いを断ち切るように口に出す。

「案外置き場所ってないんだな。」

こうは言ってみても、本当はそうは思っていないのに、と心の中で否定してしまい。

彼女が居なくなったという事実も理由も理解している。
しているのに。
自分の全てがその事実を否定したくて拒否して歪ませているのではないかと思う。

「スミレ……」

彼女の名を呼べば愛しさだけが増していく。

もし許されるならば過去へ戻って永遠に共に過ごしていたい。
幸せだったあの時間をもう一度だけ……
でも、そんな事など出来る訳が無い。
そんな事が出来たらとうにやっている。

ならば……

「来世だったらまた巡り逢えるかい?」

とある時代劇が来世で巡り逢える訳が無いのだから今を生きろと言っていた。
その時は理にかなうと感心したのだが、今はそのいきさつも忘れてしまった。

今の僕は思う。
来世の事なんて誰も知らないのだから、来世で巡り逢えない事も無いのではないか。
むしろ可能性ならいくらでもあるのではないか、と。

だから

「スミレ、僕もすぐそっちに行くよ。」

例え300年ぐらい先だとしても君を見付ければ分かるだろうけど。
君を想い続けてそれを枷にするから。
君も枷を頼りに見付けておくれ。