「どうして・・・・・・?」 びっしりと御札の貼られた天井を、呆然と見上げる梓。 こんなはずじゃなかったのに。 始まりはたった一つのミス。 新しくできたアパートに入居するはずが、なぜかボロのアパートに住む契約をしてしまったのである。 しかし、気づいたのは入居当日で。 「あなたの部屋は14号室じゃなくて、104号室ですよ?」 と、大家さんに言われて、初めて自分のおかしたミスに気がついたのだった。 大家さんはとてもいい人で、梓を慰め、すぐに別のアパートに入居できるように、契約の変更をしてくれた。 その上、 「このあたりには大家仲間がいるんで、空きがないか聞いてみますねー。」 と、新居探しまで手伝ってくれたのだった。 それなのに。 未だにこのオンボロアパートを出ることができない。 それもこれも、あの204号室の住人のせいだ。 神主の娘である梓にとって、このアパートに「幽霊」が住んでいるなど、許せることではない。 早いうちに成仏してもらわなくては、と思ってはいるのだが、何でもその幽霊、大家さんの友人らしい。 友人を消してしまうのは大家さんがかわいそうだ。 とりあえずは自分の部屋だけでも結界で守らなければ。 そして半年後。 「お父様が御札を売りつけるんだもの。もうお金がないわ。」 梓は深くため息をついた。 コンコン 不意に戸をたたく音がした。 何の用だろうか。 「はーい。」 今までの暗い顔は全く見せず、梓は戸を開けた。 「どなた様です……か。」 白い着物。透き通るような白い肌。 いや、透き通っ「た」白い肌、というべきか。 「204号室の者のお明です。」 これってもしかして、 「幽霊!」 条件反射的に戸を閉めた。 「お帰りください!あなたはここにいるべきではありません!!」 戸に寄りかかりながら、梓は叫んだ。 初めて見た。「幽霊」という存在を。 「あら、怖がらないで。こんな身なりしてるけど、とっても善良な」 「それ以上言うと消しますよ!」 梓は壁から御札を一枚はがして、握りしめた。 大丈夫、この部屋には入ってこない。絶対に。 「仕方ないわねえ」 かすかに聞こえるため息の声。 「よかったー、帰ってくれた……」 一気にプレッシャーがなくなって、梓はその場に崩れ落ちた。 怖かった。気を許していたらどうなっていたか。 「お邪魔しまーす。」 「え」 先ほどの幽霊が目の前にいるのである。 「ほんっと、幽霊嫌いなのねえ。この量は尋常じゃないわよ。」 幽霊は御札をはがし、しげしげとそれを見ている。 「何、する気、なんですか。っていうか、何で入ってくるんですか。」 もう頭がおかしくなりそうだ。 「一向に挨拶に来ないから、こっちから来たのよ。全く今時の子は近所付き合いすらできないのかしら。」 「それは、すみません……」 もうこの状態を呆然と受け入れるしかない。 「私が生きてた頃ならこんなこと絶対になかったわよ。それに、こんな御札役に立たない。」 「はあ……」 幽霊はくるりと向き直った。 「だからこんな物捨てちゃいなさい。趣味悪いわよ。貼るなら、好きなアイドルのポスターとか、いいんじゃない?」 幽霊にお説教された。しかも、センスの問題を。 「あの、この世に長く留まりすぎると、妖怪になってしまいますよ。」 なんというか、この「人」は憎めない。 「そんなこと信じてるの?ダメよ、そんなオカルトチックなこと。」 「貴方に言われたくないです。」 梓はパンパン、と服の汚れを落とし、立ち上がった。 お明さんはその血の滴る唇をかすかにゆるませて、 「百聞は一見にしかずって、言うでしょ。」 と、梓を指さした。 なんだか気が合いそうだ。 もうちょっとこの部屋にいてもいいかもしれない。