跡。痕。
傷の跡。創の痕。
否。嫌。
否定。嫌悪。
「もう、いっそ、」
(死んでしまおうか、)
日に一度は思った。
自分の存在意義の無さや、自分の役立たずさや、自分の愚かさと醜さが、
嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で仕方なかった。
 

だから、
うだるような夏の日に、
 
手首を、切った。

自分の不健康な白くて貧弱な腕から、赤が流れる。
トマトケチャップや絵の具や血糊なんかよりも、
ずっとずっと赤くて赤くて。
そして、100円ショップのカッターで入れられたその切り込みの部分は、
痛くて痛くて痛くて痛くて。
(嗚呼、生きているんだ)
そう思った。
 

それから、
嫌なことがあったら、むかついたら、
嫌なことがなくても、むかつかなくても、
 
手首を、切った。

その度に鮮明な赤と痛みは、私の神経を痛快に刺激してくれた。
白衣を着た汚いオヤジが勧める薬なんかよりもずっと私の心を落ち着かせてくれた。
 
でも、
それが禁忌だと、いけないことだと、私の本能は知っていた。
 
 
 

そして、
街で、手首に傷のある人と知り合った。
仲間だ、とは思わなかった。
その人は住む世界が全く違う人だったから。
その人の手首の痕は、深くて、私に比べてずっと数が少なかったから。
深さは「死のう」という思いを、少なさは「死」ということの重みを、語っていた。
その人の「死」に対する覚悟を教えてくれた。
 
 
私は快楽を得るために、切る。
その人は命を絶つために、切る。

重みが、 思いが、 全てが、   違った。
 
生半可な感情で死ぬ気の伴わない自傷行為と、
真剣に世界全てと決別をしようとする自傷行為。
 
まだ抜糸されていない傷を覆うガーゼの端から覗いて見えるそれは、
今まで見てきた何よりも白くて白くて、どんな定規よりもずっと真っ直ぐだった。
 
その痕は、ある意味で私を恍惚とさせた。
命というものを、 感じさせた。
(ああ、生きているんだ。この人は、生きているんだ、)
そう思った。
 

恍然を与えてくれる、真っ直ぐな白。
それは本当に、
美しかった。
 
 
 
 

だから、

愚かだった私は、

手首を切ることを、やめた。