ある春の日。
学校もなかったので、僕はのんびりと近所をサイクリングしていた。
ぽかぽかとした陽が気持ちいい。

気付けば、知らないところまで来てしまっていた。
何も考えずに走ってきたせいか、隣町まで来てしまったらしい。
しかし、特に焦りはしなかった。
僕ももう中二だ。
どうしても帰れそうになければ、誰かに道を聞けばいい。

ちょっとした冒険気分で、僕は目の前の坂道を下っていった。
ゆっくり、ゆっくり。
その後は、緩いカーブ。

少し走っていくと、公園があった。
「あ、自販機あるじゃん。」
僕は入り口に自転車を止めた。

レモンスカッシュを飲みながら、公園の中を見回した。
子供たちは、すべり台やブランコで、無邪気に遊んでいた。
ベンチにはお母さん。
片隅には小学生がたむろしていた。
どこも変わらないな。
僕はベンチに腰掛けた。


実は、僕は炭酸が苦手だ。
生ぬるいレモンスカッシュは、最初の酸っぱさはどこへやら、甘ったるい味になっていた。
お母さんが立ち上がり、子供たちを呼んだ。
おやつの時間なのだろうか。
時計を見ればもう3時だった。
子供たちは、そのままどこかへ行ってしまった。
子供がいなくなって、遊具の向こう側がよく見える。

そこには、僕と同じくらいの年の女の子がいた。
スケッチブックを抱えて、何か描いているようだ。
僕はその子の方へ歩いていった。


「何、してるの?」

彼女は僕の方を振り向いた。
でも、何もしゃべらない。

「あ、いや、別にナンパとかじゃないよ!?ただ、何してるのかなあ、って。」

すると、彼女はくすくすと笑った。
ぺらり、とスケッチブックをめくって、何か書いている。
そして、彼女はそれを僕に見せた。

“私は声が出ない。”

僕は目を円くした。

“でも、耳は聞こえる。”

彼女はさらに続けた。

「そうなんだ……。」

本当にそんな人がいるんだ、と、僕は考えた。
ドラマなんかではよく見るけど、こんなにすぐ近くにいるなんて、思ってもみなかった。

「えっと、何してるの?」

僕はもう一度尋ねた。
彼女は、紙を一枚戻して、僕に見せ、目の前の立て札を指さした。

ヤマブキ
バラ科

「ヤマブキ……」

もう一度彼女の方を見ると、また熱心に色鉛筆を動かしていた。

「その花、好き?」

彼女はこくりと頷いた。

僕は、そのまま彼女が花を描いているのを見ていた。
邪魔して話しかけたら悪い。
でも、その場を離れるのも惜しかった。

しばらくして、彼女は絵を描き上げたようだった。
彼女は微笑みながら、絵を見せてくれた。
ヤマブキの花は、黄色く、大きく咲いていた。

「すごい……、きれい。」

僕は無意識のうちに言葉を発していた。
彼女はぺこり、と礼をすると、スケッチブックからその絵を破りとって、僕の方に差し出した。

「くれるの?」

彼女は頷いた。

僕は、照れくさくなりながら、

「ありがとう」

と言った。

「じゃ、僕行くよ。結構家が遠いんだ。お母さんに怒られちゃう。」

僕は自転車に跨って、公園を出ようとした。
すると、彼女が僕の肩をたたいた。

“ヤマブキの花言葉は、待ちかねる”

スケッチブックには、そう書いてあった。

僕らはそのまま別れた。

また、冒険に出てみよう。
彼女が待っているかもしれない。
きっとあの公園で。

僕は君を待ちかねる。