・・・・・・ そして王子様と幸せに暮らしましたとさ。 「ねぇ、物語はこれで終わりだけれど、彼らには続きがあるのでしょう?」 少女は尋ねた。 彼女はストーリーテラー。 彼女の仕事は物語を陰から見守り、物語の王子や姫を、美しい物語として書き留めることである。 といっても、彼女はその見習いなのだが。 「確かにあるだろうが、それは美しくない。少なくとも、二人が結ばれるまでよりは。」 彼女の師である男は言った。 「どうして?幸せに暮らしたのでしょう?」 「それはあくまで美しさを求めた結びの言葉であって、真実かどうかは問題ではない。二人はそのあと仲が悪くなるかもしれない。それでは後味が悪いだろう?」 そういうものなのだろうか。 少女は目をつむって考えた。 おとぎ話は、愛の物語。 その愛は、簡単に消え去ってしまうのだろうか、と。 「そんなに気になるのなら、見ていればいい。」 男は銀に光る羽ペンと、つやつやとした羊皮紙を取り出し、少女に渡した。 「お前は十分一人前だ。これからは自由に書き留めるといい。」 少女は男にお礼を言って、去っていった。 少女がたどり着いたのは、森の中の小さな城。 少し前に男が書き留めた物語の、王子と姫が住んでいる。 少女はそっとリンゴの木に登ると、枝に腰掛けて、観察を始めた。 王子と姫は、庭でアフタヌーンティーを楽しんでいた。 「おいしいね、このタルト。」 王子は言った。 「そうね。」 しかし、姫の声はやけに無表情だ。 王子のさわやかな笑顔も、だんだんと苦笑いに変わっていく。 何か、あったのだろうか。 「いったいどうしたんだい?最近君は笑っていないようだ。」 「何でもないわ。ただ、そんな気分にはなれないだけよ。」 姫は目線を落とし、ティーカップをのぞき込んだ。 「……誰のせいよ。」 姫はつぶやいた。 しかしそれは、王子には聞こえていないようだ。 「もしや、魔女が君の心を奪ってしまったのか?それは大変だ!待っていろ、すぐに取り戻してやる。」 王子は慌てて、旅支度をするようにと、執事に言った。 「待って!」 姫は立ち上がって、それを静止した。 「……行かないで。」 目を伏せていたが、彼女の声ははっきりとしていた。 「一体、どうして?」 「それは……」 何が言いたいのかさっぱり分からないらしい王子だが、姫もなかなか言いづらいようだ。 しかし、姫は覚悟を決めたようにゆっくりと深呼吸をすると、王子をじっと見つめた。 「一緒に、いたいのよ。」 一言言ってしまうと、次から次へ言葉があふれてくる。 「あなたはずっと、どこかへ行ってしまったまま。忙しいのは分かってるつもりだけれど、どうしても会いたいのよ!でも、あなたは全然気づいてくれない。まるで私のことを忘れてしまったみたいに、いつも同じ。喜びも、寂しさも、私はたくさん抱いているのに、どうしてあなたはいつも同じようなの?」 一筋の涙が頬を伝う。 「……私は、こんなに愛しているのに。」 それだけ言うと、姫は崩れ落ちてしまった。 全然幸せそうではない。 「“いつまでも幸せに暮らしました。”か……」 やはり男の言ったことは正しいのかもしれない、と少女は思った。 たった少しのすれ違いだけで、関係はここまで崩れてしまうのか。 少女は手に持っていた羊皮紙を丸めようとした。 「そう、だったのか。」 不意に王子の声が聞こえた。 「僕は、全然知らなかった。いや、気づかなかった。」 王子は姫の横に座ると、話を始めた。 「僕は仕事がたくさんあった。君に会えないのも分かってた。それが王子としての僕の勤めだし、そんな僕を君は許してくれると思っていた。僕は君を悲しませたくなかったから、僕は幸せなふりをしてた。でも、君はこんなにも悩んでいたんだね。」 「本当に、申し訳なかった。」 姫は、それをきいて、そっと涙を拭った。 「ありがとう。」 「それに、僕には楽しみが待っていたから。」 王子はにこり、と笑って、姫を見た。 「何?」 姫は何のことなのかさっぱり分からない。 「実は、今度隣国の国王が晩餐会に呼んでくださったんだよ。」 またどこかへ行く用事だ。 「それで、君も一緒に行かないか、と思って。いつ誘おうか、迷ってたんだけど。」 「それって、もしかして……」 王子が女性を連れて行く。それはつまり。 王子は姫の前にひざまずいて、彼女の手をとった。 「僕と結婚してくださいますか?」 それは姫が最も待ち望んだ言葉。 「はい。喜んで。」 彼女の頬に、また涙が光った。 今度は嬉し涙ではあったけれど。 林檎の木の上でそれを見ていた少女は、そっと微笑んで、満足そうにペンをしまった。 それは、平面上のおはなし。 でも、人の心は複雑な立体で。 少女は、改めてこの仕事を選んでよかったと思った。 王子と姫は、今も、未来も、ずっと幸せに暮らしています。 そして少女は、ふわりとローブを翻して、森の中に消えた。 この世界に散らばった幸せを、書き留めるために。