抜けるように真っ青な空。 ところどころにちぎれ雲が浮かんでいて。 気持ちのよい天気だ。こんな天気の日には、楽しい事がありそうで、なんとなく嬉しい気分になる。 そうだ、散歩へ行こう。 天気が良いと外へ出てきたくなるのは、私も他所の人たちも同じらしく、石だたみの通りには通行人がたくさん行き交っていた。群れて談笑しながら歩いていく人々もいる。両脇からは出店の店員が客寄せをする威勢の良い声。 私以外の、この道を通る人々の表情からも、浮き浮きとした雰囲気が感じて取れる。かごの中で揺れるフランスパンや、走っていく子供のひるがえすスカートが、にぎやかな通りの風景に花を添える。 半ばけだるい、けれどもわるくない気分で道行く人々を眺めながら歩いていくと、石だたみの上、人の集まっている一角があった。皆一様に、集まりの中心方向を向いて、興奮したように何かを言っている。何があるのだろうか。そう思い、輪のほうへと歩み寄ってみると、人垣の奥に綺麗な衣装をまとった花嫁と、その花婿が居た。結婚式だ。 周りに集まっている人々は、彼らの親戚や知人で、二人の幸せを願ってさまざまに声をかける。 穏やかに笑みを浮かべた二人は、集まった人々の声に嬉しそうに言葉を返している。 そんな一場面から感じとれるもの。それは、これからの暮らしへの希望、一緒になれる喜び。 あの、と声をかけられて振り返ると、小さな女の子が人懐こい顔で、手を差し出してきた。 「…これ、よければあの二人にまいてもらえませんか?」 小さな手の中にはひとつかみのお米。 そう、この国では、結婚する新郎新婦に米をまくのが慣習となっている。 百姓の懸命な世話によって実った一粒一粒の米には、それぞれに自然の神さまが宿るのだそうだ。祝い事があるときにそれをまくと、その周囲の人々に幸せがおとずれるといわれている。 女の子は花嫁か花婿の親族なのだろう。きっと祝福してくれる人にお米を配るのを手伝っているのだ。黙って笑いながら私はお米を受け取った。 配られていたお米が人々にいきわたったのか、集まりに変化が現れた。 どこからともなく人垣が二つに分かれて、新郎新婦のために道を空けた。二人はその間を通り抜けて、新しい家、新しい生活へと帰っていくのだ。 二人が歩き出す。再び周囲が活気付き、二人の頭上めがけて、お米の粒をまきだした。たくさんのお米が白く軌道を描いて二人へと投げかけられる。 これから始まる生活は、むろん楽しいことばかりではないだろう。それでも、人々は二人の生活が良いものであるよう、願いを託してこうしてお米を投げるのだ。 二人の周りに描かれる、無数の米の放物線。それによって訪れるといわれる幸せ。 二人が幸福になれるよう、私もお米を二人の元へ投げ送った。これから二人がどうなるのかは分からないけれど、それでも二人が幸せになれればいいと思った。 無事集まりの外に出て、新郎新婦がこちらの方を振り返って、立ち止まった。 花嫁が、両手でかかえていたカトレアの花で彩られたブーケを放り投げた。皆にも幸せが訪れるように、という、お米を投げてもらったことに対するささやかな二人からのお礼だ。カトレアの花言葉は純粋な愛、花嫁にはぴったりの花。 ブーケは、青空に華やかに舞って、そして観衆の間へ落ちていった。誰かに受け止められただろうか。最後で、一番大きな放物線。 二人は、石だたみの道をそのまま歩いてその場を立ち去っていった。 観衆も、二人の背中を見送って、余興にひたりながらその場を去っていく。そして、もとからあった自分自身の生活へと戻っていく。 私もついさっきまで非日常が存在していたそこを離れ、再び石だたみの道を歩いていった。