かみさま

僕の恋は 晴れたことがありません



雨が止んだあとのコンクリートは独特の温度と特別な匂い。
嗅覚も視覚も、細胞1個1個まであの子を知ったら、
きっとどんなことよりうれしくて、どんな色より綺麗にちがいない。



「サンフランシスコに行きたいな」


突拍子もない台詞に思わず笑う。
煙草の煙で曇っていく部屋の中で、鮮やかな彼女のマニキュアだけが生き物みたいだった。
最近新調したダークブルーのベッドカバーにもたれて
体温をわけあって温めあう動物みたいに、何度も彼女のこまったような笑い声をもとめた。


「パスポートとかあるの?」
「そんなんないよー」
「サンフランシスコって・・・なんかあったっけ?」
「んー、フラミンゴ?」
「・・・それホント?」
「知らないよ!イメージ」
「えー?」

見上げる真っ黒な瞳には、今は俺だけ映っていて、
それなのにその瞳はどこか遠い。


「パスポート作ってくる」
「はいはい」
「・・・ごめん、」
「いいから」


いつの間にか灰になっていた煙草の死骸を確認して、また新しい煙草に火をつける。
思い切り吸い込んで、上へ上へと向かって空気を吐いた。


「あーもう、やめてって言ってるのに」
「煙草は命ですから」
「ばれそうになったんだから」
「吸ってるって言えばいいじゃない」
「・・・・ばか」


(知ってる?)

君が家にいるときだけだよ、
部屋の中で、まして寝室でこんなに煙草吸うのなんて

(絶対、死んでも言わないけど)


「じゃあ、また」
「ん」



苦しい狂いそうだ苦しい来るクルシイ狂おしい来るそうだくる



ダークブルーのベットカバーは水に濡れると黒く変色する。
ドアが完全に閉まったのを確認してからのそのそ立ち上がる。
ベランダに出ると空はいつのまにか曇り空。
曖昧な灰色がさっきまでの寝室のように占拠していた。


「くっそ、」


これからあの子が向かうのは、俺が知らないところで


「なんでだー・・・」


これから俺とあの子が2人でサンフランシスコに行くことなんてきっと一生ないってわかっている


(ねえ、だめだよ)
(だめだよ、煙草の、)(煙草のね)
(銘柄が・・ちがうんだよ、匂いがね、)

(匂いが移っちゃったみたいなの、こないだ映画観に行ったら)



「、なんで」


俺はあの子と映画を観に行くことも
普通に食事することも
ボーリング行ったり
ふらふらあてもなく歩いたり散歩したりもできないのに、なんでさあ


(煙草の匂いするって言われちゃって)


それからは毎回わざと煙草を吸うようになった。
彼女がもっと困るように。

全部、知られてしまえばいい、
そう思うのに


(だめだよ、)



「くっそ、雨、降れ」


ベランダから見える小さな背中
憎らしい、そしていとおしい

降水確率40%
きっと、晴れてしまう、青空の下で2人は笑いあうのかもしれない

いつのまにか死んでいた煙草の灰がまたひらひらと散っていって、まるで雪のようで、
いっそこうやって雪でも降らせて異常気象で、あの子を縛り付けられたらいいのに



(、なんて)


(溺れているのは)(俺一人)



きっとこれからもずっと、この恋からは逃れられない

せめてもの餞に、煙草の濁った雪を