宿題も部活も無い、春休み。
私は庭の片隅で本を読んでいた。

「――いたっ」

何かが私の頭に当たる。
別に痛くは無かったのだけど、反射的に声を上げてしまった。
カサリと音を立てて落ちたのは、綺麗に折られた紙ひこうき。

「あ、すみませーん!!」

向こうから、少年がかけてきた。
見かけ、私と同い年か少し下くらい。
どうやらこの紙ひこうきを追って来たらしい。
柵越しに、ひこうきを渡す。

「あなたが落とし……飛ばしたんですか?」
「いや、妹が…ほら、お姉ちゃんにごめんなさいして?」
そう言って、少年は妹を抱きかかえ、私が見えるようにした。

「ごめんなさい。」
「あはは、別に平気だよ〜気にしないでね。」
頭を撫でてやると、少女は恥ずかしそうにはにかんだ。
「すみません、本当に。あ、俺達、先週隣に引っ越してきたんです。これからよろしくお願いします。」
「あっ、こちらこそ。」
「じゃ、失礼します。」
「バイバイ」

夜になり、自分の部屋に退散すると、耳慣れないギターの音がする。
窓を開けてみると、さっきの少年が窓を開けたままギターを弾いていた。

「あ、少年。」
「…あ。」

私の声で、少年も気付いたらしい。

「こんばんは。」
「こんばんは…どうでもいいけど、俺、高2ですよ」
「あれ、じゃあ同い年だ。高校どこ?」

少年が答えた名前は、私が通っている高校のものだった。
「同じ。えーでも、私あなたのこと知らないなぁ…」
「まあ、俺教室から出ないから。でも、アナタのことは知ってる」
「えっ、何で!?」
この一年間そんなに目立つ行動をしてきただろうか、と考えるが、まるで覚えが無い。
テロテロとギターを鳴らしていた少年は指を止め、私の方を見る。

「……はは、嘘。」
「え。」
「じゃ、俺テレビ見るから。じゃあなー」
「え、あ、うん、じゃあね」





「そういえば名前知らない。」
「は?」
一学期が始まってまもない昼休み。
独り言を言った私を、友人が怪訝そうな顔で見る。
「ごめんなんでもない。」
「大丈夫?頭…」
「ええ、ひどっ。大丈夫ですよぅ。」
今日聞けばいいか……

一時半を少し過ぎたところ。午後の授業はとっくに始まっているが、私は昼休みから屋上で暇を潰していた。
この学校は大体真面目な人が多いらしく、漫画やライトノベルでよく見るような、授業をさぼって屋上で寝ている人はいなかった。
・・・と、思われた。

「あれー、少年がいる。」
どうせなら一番高いところに行こうと思い立ち、貯水タンクに登ると。
「・・・だから、少年はやめろって。」
目のあたりを腕でかくし、仰向けに寝転がった少年がいた。
「だって、名前、知らないから」
「河合」
少年、いや河合は短くそう答え、むくりと起き上がった。
「何してるの?」
「別に、サボり?」
「その紙ひこうき、河合が作ったの?」
「や、そこに落ちてた。」

河合はそういうと、ふっと思い出したような表情を作り、そして
「俺たち、紙ひこうきに縁があるみたいだな」
ほら、はじめて会ったとき。
「そうだねぇ…あ、これ、なんか書いてある」
「え?…おい、見てもいいのか?」
二人で頭をつき合わせて紙を覗き込む。
「……由美子ちゃんと両思いになれますように。なんじゃこりゃ」
「う〜ん…短冊?」
「飛ばそうか」
開いた紙を丁寧にまたひこうきへと形作っていく。

「飛ばして、綺麗に飛んだら、この人はきっとうまく行く。な?」
「はは、ロマンチスト。」
「うっせ。いくぞ。」

綺麗に飛んだ紙ひこうきは、私と河合と、それから由美子ちゃんに片思いしてる人の思いをのせて、頼りなく飛んで行った。